長崎地方裁判所佐世保支部 平成10年(ワ)250号 判決 2000年9月18日
甲・乙事件原告 松澤安彦 ほか1名
甲事件被告 長崎県 ほか1名
乙事件被告 国 甲事件長崎県及び国
代理人 佃美弥子 長尾秀樹 大森努 瑞慶山良宗 浦郷健治 佐藤誠治 ほか9名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、各自、原告松澤安彦に対し、三八五七万四八二九円及びこれに対する平成九年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、各自、原告松澤理恵に対し、三八五七万四八二九円及びこれに対する平成九年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、居宅付近の用水路で溺死した子の父母である原告らが、被告らに対し、右事故は、被告らが共同して管理する右用水路及びこれに沿って存在する里道の設置又は管理に瑕疵があることによるものであるとして、国家賠償法二条一項に基づき損害賠償の請求をした事案である。
一 争いのない事実等
以下の事実は、当事者間に争いがないか、又は括弧内掲記の証拠により容易に認めることができる。
1 原告らは、夫婦であり、亡松澤勇希(平成六年一一月一六日生、以下「勇希」という。)は、原告らの長男である。
2 勇希の死亡事故
勇希は、平成九年四月一二日午後四時一〇分ころ、長崎県北松浦郡佐々町中川原免一二九番地八所在原告ら居宅裏用水路(以下「本件用水路」という。)に仰向けの状態で浮いているのを原告松澤理恵(以下「原告理恵」という。)により発見され、同郡江迎町赤坂免二九九番地所在の北松中央病院へ搬送されたが、同日午後五時四七分、死亡した。同病院医師により、直接死因は溺死と判断された<証拠略>。以下、勇希の死亡に係る事故を「本件事故」という。)。
3 本件事故現場付近の状況
(以下、長崎県北松浦郡佐々町中川原免字中川原の土地を表示する場合、地番のみを表示する。)
(一) 本件用水路の構造は、概略別紙1のとおりであり、幅員約一・三四メートル、探さ約一・三八メートルのコンクリート製である。本件用水路(本件事故現場付近)には約五ないし六メートルの間隔で幅員約〇・四六メートル、厚さ約〇・〇七メートルのコンクリート製の拝み止めが設置されており、任意組合本田原水利組合により農業用水の導水に利用されている。本件事故当時、水深は約〇・六五メートルであった。本件用水路に沿って、北西側に幅員約二・五メートルの非舗装の里道(以下「本件里道」という。)があり、本件事故当時、本件里道から本件用水路の水面までは約〇・八メートルであった。なお、本件用水路及び本件里道上には、転落防止のための柵等は設置されておらず、本件用水路は無蓋であり、側壁面は垂直であり、足掛かりになるようなものは存在しない<証拠略>。
(二) 本件用水路は、江戸時代から農業用灌漑用水のために存在していたものであり、本件用水路は、本件里道とともに太政官布告等法令の規定により乙事件被告国(以下「被告国」という。)の所有となったものである<証拠略>。
(三) 別紙2のとおり、本件用水路のうち、上流側(東側)の一三七番三の町有地を除いた部分は、公図上地番の記載がなく、登記簿も存在しない、いわゆる青線であり、国有財産である。これに対し、一三七番地三の町有地は、従前本件用水路を構成していなかったものであるが、昭和四三年ないし四四年ころ、甲事件被告佐々町(以下「被告町」という。)は、本件用水路の付近の土地を造成し、佐々小学校を建設した際、同小学校の校庭にするため、当時本件用水路の上流部分として利用されていた一三六番一及び一三七番一の各土地の北側の部分を埋め立て、その代替として、一三七番三の土地に水路を開設し、これを一三六番一及び一三七番一の南側の用水路に繋ぐ工事(以下「本件工事」という。)を行った。その際、本件用水路のうち一三六番一及び一三七番一の南側の部分について、用水路の側壁面及び底面をコンクリート張りにする工事がされた。なお、本件工事は、被告町の単独事業として実施されたものであり、甲事件被告長崎県(以下「被告県」という。)は、被告町に対して助成金等の交付はしていない<証拠略>。
本件里道は、従前より本件用水路に沿って、その北側に隣接するかたちで存在したが、本件工事により、本件用水路の一部(一三六番一、一三七番一の各土地の北側部分)が埋め立てられたのに伴い、埋め立てられた用水路に沿って存在した本件里道の一部も佐々小学校校庭の一部となり、一三六番一及び一三七番一の南側に新たに用水路が付け替えられたのに伴い、私有地である一三六番二の土地並びに町有地である一三七番四及び一二四番三の各公衆用道路が本件里道につながる道路として利用されるようになった<証拠略>。
(四) 原告ら居宅と本件用水路の間は、別紙1のとおり、原告ら居宅からみて、高さ〇・七五メートルのブロック塀があり、ブロック塀の上端から二・九〇メートル下りたところに深さ〇・一九メートルの水路があり、そして、本件用水路に至る構造になっており、本件里道と原告ら居宅との間に本件用水路が位置する<証拠略>。
(五) 本件用水路は、江戸時代から存在する本田原水利組合が田に水を引くための経由施設として使用されており、上流には取水堰が設けられており、取水堰を開ける時期は、毎年五月二五日から九月末までである。農業用水として水路の流水を使用しない時期であっても、本件事故現場付近の水路は水がなくなることはなく、常時水が滞留している状態である。なお、本件事故現場付近の下流にある町道北松南高校前線として利用されている橋下にも堰(以下「本件堰」という。)があるが、本件堰の設置目的は不明である<証拠略>。
(六) 原告理恵が発見した際、勇希が仰向けに浮いていた場所は、原告ら居宅裏手の、本件用水路上に架かる橋から北東約二六・五メートルの地点であった<証拠略>。
(七) 本件事故現場の北西側には佐々町立佐々小学校の校庭があり、本件里道とは高さ約四・一メートルのフェンスで仕切られている。右フェンスは、平成六年五月に着工し、同年七月に完成したものである。本件里道と佐々小学校のフェンスとの間は二・四五メートルであり、両者の間には一・〇六メートルの段差が存在する<証拠略>。
(八) 本件事故現場付近には、佐々小学校、長崎県立北松南高等学校があり、児童、生徒らが町道北松南高校前線を通学のために利用していたが、右町道と本件里道及び本件用水路とが交差する箇所である前記橋から本件里道への入り口付近には門扉等の設置がなく、本件事故発生後、佐々町栗林地区少年健全育成会により、本件里道上に危険告知の立て札が設置された<証拠略>。
二 争点
1 本件用水路、本件里道の設置、管理者
2 本件用水路、本件里道の設置、管理の瑕疵の有無
3 原告らの損害
4 過失相殺
三 原告らの主張
1 本件事故当時の勇希の行動等
(一) 勇希は、平成九年四月一二日午後三時二〇分ころまで原告ら自宅敷地内で遊んでいるところを原告理恵が確認していた。
(二) 原告理恵が生後二か月の次男松澤元輝に授乳するため目を離した隙に、勇希は、自宅敷地内から順次、位置指定道路、町道、農道を歩いて、自宅裏の本件用水路付近にまで赴き、同日午後三時三〇分ころ、誤って本件用水路に転落した。
2 本件事故現場付近の状況
(一) 本件事故現場付近には佐々小学校があり、また近年の宅地開発に伴い、幼少の子供を抱える家族が増加している地域である。
(二) 本件用水路には五月ころから八月ころにかけて鯉、鮒、鯰等が見られ、魚釣りをする子供達もおり、同小学校卒業生であった原告松澤安彦(以下「原告安彦」という。)自身も、小学生のころ、本件用水路付近で友人らと魚釣りをしたことがあり、本件用水路付近は、佐々小学校生徒ら、周辺住民の幼児らにとって誘惑的な存在であった。
(三) 本件里道と佐々小学校校庭との間のフェンスには、扉があり、本件事故当時、右扉は施錠されておらず、小学生らが右扉を開けて校庭から本件農道へ時折出入りする状況であった。
(四) 本件用水路及び本件里道は、佐々小学校及び県立北松南高等学校の生徒らが通学路として利用する町道とほぼ直角に交差しており、右交差地点に門扉、移動柵等の設備が存在していなかったことから、本件里道を近所の人が散歩したり、小学生らが通行したり、遊んだり、本件用水路上のいわゆる拝み止めを跳びはねて遊んだりしていた。
3 本件用水路、本件里道等の管理等
(一) 本件用水路及び本件里道は、被告らが共同管理し、又は、そのいずれかが管理する営造物である。
(二) 被告町は、本件工事を行ったのみでなく、大雨等で本件用水路が崩れたりしたときに、本田原水利組合に原材料を支給したり、平成七、八年ころ、本件用水路の改修も行ったりし、その維持、管理に深く関与している。
(三) 被告県も、昭和四六年ころ以降昭和五〇年ころまでに県立北松南高等学校の敷地拡張工事を行った際、本件用水路の水路変更等に深く関与したものと考えられ、また、本件用水路に隣接する一二九番四の用悪水路を昭和四八年三月二六日に売買により取得したのであるから、本件用水路の維持、管理について全く無関係であり、本件用水路を管理していなかったとはいえない。
4 本件用水路、本件里道の設置又は管理の瑕疵
(一) 本件事故現場付近には、本件里道を通って、誰もが自由に出入りできる状況になっており、本件里道に隣接して本件用水路が設置されているが、本件里道と本件用水路の境界は判然とせず、段差等もなく、構造的に本件里道から本件用水路に転落する危険性が高い状況にある。
(二) 幼児らが本件事故現場付近の本件用水路に転落した場合、這い上がるための設備がなく、独力で這い上がることも不可能で、溺死する危険があり、本件用水路の構造上危険がある。
本件用水路、本件里道付近では小学生らが時折遊んでおり、転落事故発生が憂慮されていた。
(三) 本件用水路は、農業用用水路であり、取水を止める農閑期には、雨水による影響はともかく、本来水量がなくなるはずであるが、本件堰の存在により農閑期でも常時水深六〇センチメートルの水が滞留、貯留していたため、農閑期である平成九年四月一二日、本件里道から転落した勇希は、本件用水路の側壁面が垂直であり、本件用水路の水面から本件里道部分までの高さが八〇センチメートルもあったために、独力で本件用水路から本件里道に這い上がることもできず、同日溺死したものである。
河川管理においては、治水上の観点から原則として河川の中に工作物を設置することは禁止され、工作物の新築、改築、除去の場合、許可を受ける必要がある。違法とも思われる本件堰の設置も、被告県及び同町が行っている。
(四) 本件用水路には本件堰の存在等により、農繁期には鯉、鮒、鯰等が生息し、本件事故現場付近の橋は、小学生らの通学路として利用されており、右橋から本件事故現場付近までの距離は二六・五メートル程度に過ぎないため、小学生らが本件里道に立ち入ることは容易に予想されるとともに、小学生らが右橋から本件用水路をのぞき込み、本件用水路に転落する危険性も考えられる。
(五) 本件事故当時、右橋の付近には、危険告知の看板はなく、小学生らの本件里道への立ち入りを防止するための門扉、移動柵等も設置されておらず、また、本件里道と本件用水路の間に転落防止柵も設置されておらず、本件用水路に転落防止蓋等も設置されていなかった。
(六) 本件用水路の幅員、深さ、側壁の構造、水深等にかんがみれば、小学生や幼児らにとって、本件用水路及び本件里道は極めて危険な存在であったというべきである。
5 被告らの責任
(一) 本件事故現場付近の状況に照らせば、本件用水路及び本件里道を管理している被告らとしては、本件事故現場付近が農閑期でも常時水深が約六〇センチメートルあることから、本件用水路に蓋を設置したり、本件里道と本件用水路の境に転落防止柵を設けたり、町道と本件里道及び本件用水路との交差地点に門扉を設置し施錠する等して幼児、学童らの通行を禁止する等の安全対策を講ずるべきであった。
(二) 本件事故当時、最小限の侵入防止策として、立て札等の設置をすることが、被告らにとって極めて容易になし得たことは明らかである。
また、佐々小学校校庭と本件里道の間にフェンスが設置されていることにかんがみ、本件用水路のうち農閑期でも水が滞留し、水深が約六〇センチメートルになる部分に限り、本件里道に沿って簡便な転落防止柵を設置したり、あるいは、右橋の付近に、小学生らの本件里道への立ち入りを防止するための簡便な移動式門扉等を設置する等の転落防止措置をとったりすることは、被告らにとって容易であった。
(三) しかるに被告らは、何ら右のような安全措置をとらず、危険をそのまま放置して、その設置管理義務を怠ったもので、本件用水路、本件農道の設置又は管理に瑕疵があったことにより、本件事故が発生した。
6 損害額
(一) 勇希の逸失利益 四八九四万九六五九円
就労可能年数を四九年、年収を一二八万九二〇〇円、生活費控除を五割、中間利息の控除のために適用する係数(新ホフマン係数)を一七・〇二三六として計算すると、勇希の逸失利益は四八九四万九六五九円となる。
(二) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
(三) 葬儀費用 一二〇万円
(四) 弁護士費用 七〇〇万円
原告らの本件訴訟に関する弁護士費用は、七〇〇万円が相当である。
四 被告国及び同県の主張
1 本件事故現場付近の状況等
(一) 本件里道は、町道から佐々小学校の敷地東側に隣接して広がる農地に通じるもので、専ら三軒程度の農地の耕作者が利用しているもので、一般人が通行する場所ではない。
(二) 本件用水路に関し、これまで本件事故のような事故の発生は報告されておらず、地元自治会(町内会)、育成会等からの蓋掛けや防護柵等の設置要望等もなく、被告県に対しても右のような陳情はなかった。
(三) 本件事故現場付近には佐々小学校と県立北松南高等学校があるが、住宅は原告ら居宅を含めて数戸であり、その他は水田及び畑である。近隣に幼稚園等はなく、また、子供が本件里道を通って遊びに行くような場所もない。周囲に居住している人口は多くない。
本件用水路付近の町道については、右小学校及び右高等学校があるため、登下校時には、児童、生徒の通行が多くなるが、その他の時間帯については、周囲の居住者数が少なく、商店等もないことから、人通りは多くない。車両の通行も多くない。
2 本件用水路及び本件里道の設置又は管理等
(一) 本件用水路及び本件里道の設置者は、本件事故現場付近も含め、被告国、被告県ではない。
(二) 国家賠償法二条は、公の営造物の設置管理といった作用に着目して賠償責任者を定めたものであり、所有者であることをもって直ちに設置、管理者に該当すると解することはできない。したがって、被告国が本件用水路及び本件里道の所有者であることをもって直ちに本件用水路及び本件里道の機能を管理する者であるということはできない。
(三) 本件用水路及び本件里道は、いわゆる法定外公共物たる里道及び水路(普通河川)であり、いずれも建設省所管の国有財産であり、その財産管理は、国の機関委任事務として長崎県知事が行っているが、機能管理は被告町のみがなし得るものであり、被告県自体はそれらの財産管理も機能管理も行っていないから、被告県は、国家賠償法二条の予定する管理者に該当せず、被告国も本件用水路及び本件里道の機能管理を行っていない。
(四) 被告県は、本件用水路、本件里道について管理条例を定めておらず、補助金を支払った事実もなく、本件用水路及び本件里道に対し、事実上何らの管理行為をも行っていない。
また、本件用水路は、本件工事によりコンクリート三面張りとされたが、本件工事は被告町が単独で行ったものであり、被告国及び同県は、本件工事に資金援助した等の事実は存在しない。
したがって、被告国及び同県は、本件用水路及び本件里道の事実上の管理も行っていない。
3 本件用水路及び本件里道の設置又は管理の瑕疵の不存在
(一) 河川、水路は、治水上、河川管理上の観点から原則として開渠の状態で管理されるものであって、通常蓋掛けは行われていない。本件用水路も、ところどころにいわゆる拝み止めが設けられているが、蓋掛けはされておらず、これをもって本件用水路の構造自体が通常有すべき安全性を欠いているとはいえない。
(二) 本件用水路及び本件里道付近には、幼児はもちろん、小学生もほとんど出入りしない。
仮に本件里道を小学生が通行するとしても、小学一年生の平均身長にかんがみれば、本件用水路の高さや水深をもって、本件用水路が通常有すべき安全性を欠いているとすることはできない。
また、本件用水路は、普段から流れがほとんどなく、取水をしている佐々川が増水した場合には、自然に取水堰が倒れる仕組みになっており、佐々川の増水によって本件用水路に一時に多量の水が流れ込む危険も考え難い。したがって、水流が強いことによる危険も本件用水路においては認められない。
(三) 本件堰は、本件工事前から存在したものである。
河川管理においては、治水上の観点から河川の中に工作物を設置することは原則として禁止されるが、ここでいう工作物とは、河川管理施設、河川の管理のために必要な工作物は含まれず、河川の機能管理者が河川管理に必要な施設、工作物を設けることは何ら問題のない行為である。
したがって、本件堰が機能管理者によって、河川管理に必要な施設として設置されたものであれば、右設置は違法ではない。
(四) 勇希は、本件用水路内で溺死したものと推測されるのであるから、そもそも本件用水路が通常有すべき安全性を有している以上、本件里道自体の安全性を検討する必要はない。
本件里道と本件用水路の間には草が生えているが、本田原水利組合が毎年四月に本件用水路の草刈りや掃除を行っている上、草の状況も本件里道と本件用水路の境が不明になるまで生い茂っているものではない。本件事故前約一週間程度は、多量の降雨はなく、本件里道の草が雨で湿っていたために勇希が足を滑らせたという事態は考え難く、本件里道が通常有すべき安全性を欠いていたとは考えられない。
(五)(1) 本件事故時の勇希の年齢は、二歳四か月であり、このような幼児が親の監督を離れて一人で本件用水路付近に遊びに出ることは通常予測できない。
ことに、勇希が自宅から本件用水路まで行くためには、自宅玄関から隣家の若松宅前を通り、町道に出て右折し、町道の橋を渡って、さらに右折して本件里道に行くことが必要であり、二歳四か月の幼児が自動車等の通行のある町道を含め数十メートル以上の距離を親の監督もないまま一人あるいは若松結と二人で歩行して、本件里道まで赴いたことになるが、このような事態は通常は予測できない。
(2) また、本件事故現場付近の用水路には、若松結が自宅から持ってきたセロファン入りの菓子一個と本件里道に通常は存在しないような四角に削られた木の棒が浮かんでいた。この状況からすれば、菓子を勇希あるいは若松結が落として、それを棒で引き寄せて拾おうとした際に誤って転落した可能性が高い。幼児が本件用水路に近づき棒で菓子を拾おうとするという行動もまた予見し難い行動である。
(3) このように、勇希の行動は、通常予見し難い異常な行動であり、本件事故は、勇希の異常な行動に起因して発生したものであるから、予見可能性はない。
4 過失相殺
原告らは、勇希の親権者として勇希を監護すべき立場にあり、また、本件事故現場付近に居住していたものであり、本件事故現場付近の状況を知悉していたものであるから、勇希の年齢、性格、日常の遊び方を考慮した上、勇希が危険な行為をしないように厳重に注意監督し、本件事故のような死亡事故の発生を防止しなければならなかったところ、これを怠った過失があり、仮に被告国及び同県に責任があるとしても、損害額の算定に当たり、右過失を被害者側の過失として斟酌すべきである。
五 被告町の主張
1 本件事故現場付近の状況
(一) 本件事故現場付近は、住宅密集地域ではなく、むしろ、学校や浄水場等の公共施設と農地が大部分の面積を占める地域である。民家は、本件事故現場付近に数戸を数えるのみである。そして、右数戸の民家が建っている部分は、以前は田であった土地が平成六年以降、造成、分譲されて宅地化されたばかりである。
(二) 本件里道については、別紙2のとおり、北側は一二四番三までで行き止まりとなっており、南側は一四〇番の土地上を通行して一四二番、一四三番及び一四四番の田に行くことはできるが、これらの田に行くためには初めから一四六番の道路を通行する方がはるかに便利である。また、一四〇番の公衆用道路を通り抜けて一四四番の田の北側に行こうとすると、かえって大きな遠回りとなるため、本件里道を通り抜けに利用する者はいない。そのため、本件里道は、一般の者が通行に利用することはなく、一三五番一、同番二、一三八番及び一三九番の田の所有者や耕作者らが農作業のために行き来する目的にのみ利用されている。
(三) 本件里道の北西側は佐々小学校の校庭になっているが、その間には約一メートルの段差があり、かつフェンスで仕切られているため、容易には行き来ができない状態になっている。そのため、本件里道は、通常、子供達の遊び場として利用される状況にはない。
(四) 本件事故以前に本件用水路で転落等の事故が発生したとの情報はなく、本件事故以前に地域住民や学校関係者等から被告町に対し、本件用水路、本件里道が危険である旨の情報や、安全対策を講じて欲しい旨の要望が寄せられたことはない。
2 本件用水路及び本件里道の管理等
(一) 被告町は、佐々町普通河川等管理条例(昭和四〇年七月一日条例第一六号、以下「本件条例」という。)を制定しているが、本件条例は、被告町の町民が普通河川等を利用する場合の利便性を高めるため、一定の行為を町長の許可制とし、利便性を損なう行為を町長が禁止することができることとしたものに過ぎず、普通河川等の安全管理を目的としたものではなく、また、普通河川の管理、利用それ自体を目的とした条例でもない。したがって、本件条例は、被告町が本件用水路につき、その管理者として安全管理の責任を負うことの根拠となるものではない。
仮に右のように解釈しないとすれば、被告町は、何らかの条例を制定しなければ管理者としての責任を負わされることはないのに、利用者の利便性を高める目的で条例を制定したばかりに、その条例の制定目的の趣旨を越えて安全管理の責任まで負わなければならなくなることになり、合理性を失している。
被告町は、本件用水路について地方自治法上の一般条項(平成一一年法律第八七号による改正前の同法二条三項二号)による管理の権限を有しているとしても、同法から直ちに管理の義務までも負わされることになるわけではなく、被告町は、本件用水路の法律上の管理者ではない。
(二) 本件用水路については、従前より地元農業者らにより構成される水利組合が農業用水確保のために管理し、水門の開閉、異物の除去や清掃等、本件用水路内外の管理全般を行ってきたものである。
被告町は、本件用水路及び本件里道を事実上管理している者でもない。
(三) 本件用水路につき、前記のとおり本件工事が行われ、その際用水路の側壁面と底面をコンクリートで張り、その工事費用は被告町が負担したが、本件工事は、本件用水路を将来にわたって継続的に管理することを目的又は前提としたものではなく、東側部分にあらたな用水路を設置する必要に迫られ、その部分の側壁面及び底面をコンクリートで張ったこととの均衡上、従前から存在する西側部分についても同様にコンクリートで張ることとしたに過ぎず、本件工事期間中はともかく、本件工事終了後は、被告町が本件用水路を具体的に管理し続けることは全く予定されておらず、現実にも被告町が本件用水路につき何らかの管理を行った事実はない。
したがって、被告町には、本件用水路の設置者としての責任もない。
3 本件用水路及び本件里道の設置又は管理の瑕疵の不存在
(一) 本件用水路の構造や大きさは、乳幼児以外の者にとっては、仮に転落、転倒する等した場合でも、自力で起き上がったり、助けを呼ぶことが十分可能であり、格別危険なものとはいえない。
転落、転倒したときに溺死等の事故に至る危険があるとすれば、それは乳幼児の場合に限られるが、そのような年齢の子供が保護者等の目の届かない状態でこのような用水路に近づくことは社会通念上考えられないことであるから、そのような状況下での安全性まで考慮する必要があるとは考えられない。
したがって、本件用水路の構造自体をもって、本件用水路が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
(二) 一般に水路の構造は、その効用や衛生を保持する観点から、開渠による管理が原則とされている。仮に蓋を掛けて暗渠状態にしてしまったのでは、水害の危険を招く原因となる上、異物の除去や掃除等の必要が生じるたびに蓋の取り外しとその復元をしなければならないことになるが、本件用水路の幅員が一・三四メートルもあることを考えると、蓋も相当重いものにならざるを得ず、管理に困難をきたすことにもなる。
したがって、蓋を掛けるという方法は不合理であるから、これが設置されていなかったことをもって、本件用水路が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
(三) 本件里道を幼児が一人で通行したり、その結果本件用水路に転落したりする事態を予測することはできなかったものであるから、本件事故現場に転落防止柵等の構築物が存在しなかったことをもって、本件用水路又は本件里道が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
本件用水路及び本件里道は、その大部分において両者が隣接しており、その全ての部分について、本件事故のような不測の事態に備えて柵を設置することは極めて困難であり、設置すべき必要があったとも考えられない。本件事故現場付近にのみ柵を設置すべきであったとする根拠も見出し難い。
また、本件里道は、主に東側の田の耕作者が農作業への行き帰りをするために利用されており、右耕作者らは、農耕用車両を運転して往来することが多いが、本件里道は通行可能部分の幅員が約二メートルしかないため、本件里道と本件用水路が接する部分に切れ目なくつながるような構造の柵が設置されると、農耕用車両の通行を極めて困難にしてしまうので、そのような理由からも右のような柵を設置することは不合理である。
(四) 本件里道は何人の通行も許される公道であるから、安全性を欠くため通行を完全に禁止すべき場合を除き、門扉や施錠によって人や車の進入の制限等をすることは許されない。
したがって、本件里道の進入口付近に門扉や施錠等の構築物が存在しなかったことをもって、本件里道が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
4 過失相殺
本件事故当時の勇希の年齢、原告ら居宅の周囲の道路状況、その他本件事故に至るまでの経緯を総合して考えると、親権者に過失があるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件事故に至る経緯等
1 <証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故当日である平成九年四月一二日、原告安彦は、勤務先の社員旅行のため、熊本県玉名温泉へ出かけていたことから、勇希は、原告理恵の監護のもと、自宅及びその周辺で行動した。
(二) 勇希は、同日、昼食後、隣家に住む若松結(当時三歳)と二人で同人方の畑で遊んでいたが、その後、右二人は別れて各自自宅に戻った。
(三) 同日午後三時ころ、原告理恵は、勇希におやつを食べさせ、勇希が眠たそうにしていたので、寝付かせようとした。しかし、勇希は、玄関の所へ行き、「開けて、開けて。」と言うので、原告理恵は、これを無視していたが、勇希がしつこく言ったため、玄関の鍵を開けて、勇希を外へ出した。
同日午三時一五分ないし二〇分ころ、原告らの次男が泣き始めたため、原告理恵は、授乳の準備をしてトイレへ行った際、勇希が若松結と二人で、原告ら方居宅裏側の風呂場の横付近で遊んでいたのを右居宅一階窓から見た。
(四) そのころ、勇希が再び自宅から出て若松方付近で遊んでいるのを若松結が自宅内から見つけ、同人が、母親若松京子に、「あ、勇希君が遊びよる。また一緒に遊んでくる。」と言い残して、自宅居間にあったセロファン袋入り菓子二個を手に持って自宅を出て行った。
その後しばらくの間は、若松京子が、原告ら居宅の裏の方で二人の遊ぶ声がしていたのを聞いている。
(五) 原告理恵は、トイレに行った後、リビングに戻り、次男に母乳及びミルクを飲ませ、午後四時前に飲ませ終えた。
そのころ、植松逸子及びその子二名が原告ら方に来訪し、植松逸子の子が原告理恵に「勇希君は。」と尋ねたため、原告理恵は、「外に遊びにおるよ。」と答えたものの、自宅内からその付近を見ても、勇希の姿が見えなかった。そこで、自宅を出て、その周囲を探し、佐々小学校の校庭を探したが、見つからず、その後、本件用水路上に勇希が浮いているのを発見した。
(六) 勇希が浮いていた場所から数メートル上流(北東側)の本件用水路内に、若松結が自宅から持ち出した前記セロファン袋入り菓子一個及び木の棒一本が浮いていた。
(七) なお、警察官による本件事故現場付近の聞き込みによっても、悲鳴を聞いたり、不審人物を目撃したりした等の情報はなく、本件事故現場付近及び勇希の身体に事故原因を推認させるべき痕跡等も認められなかった。
2 右1及び前記争いのない事実等によれば、勇希が本件事故により溺死に至った経緯の詳細は不明であるが、後記三の3のとおり、勇希が若松結と共に原告ら居宅の裏の方で遊んだ後、自宅前の町道を出て橋を渡り、本件里道付近で遊んでいた際、何らかの原因で誤って勇希が本件用水路に転落したものと推認される。
二 本件用水路及び本件里道の設置及び管理の主体
1 本件用水路及び本件里道の設置主体
前記争いのない事実等(第二、一、3(二)、(三))で述べたとおり、本件用水路及び本件里道のうち、本件工事以前から存在した部分は、江戸時代から存在していたものが太政官布告等法令の規定により、被告国の所有とされたものであり、本件工事も、被告町の単独事業で行ったものであり、被告国及び同県から、助成金等の交付はされていない。そして、本件里道のうち、本件工事後に本件里道につながる道路として利用されるようになった一三六番二の土地は私有地であり、一三七番四及び一二四番三の各公衆用道路は、いずれも町有地である。
以上のことからすれば、本件用水路及び本件里道を被告国及び同県が設置したということはできない。
2 本件用水路及び本件里道の管理主体
(一) 本件用水路の管理主体について
被告町は、本件条例を制定している<証拠略>。本件条例は、「普通河川等の管理及びその利用について必要な規制を行い、もって公共の福祉の増進を図ることを目的とする」(一条)ものであって、これは機能管理を定めたものにほかならず、本件条例は、普通河川等の安全管理を目的としたものではない等として、被告町が本件用水路につき、その管理者としての責任を負うことの根拠となるものではないとする被告町の主張は認められない。
そして、本件用水路は国有地ではあるが、このように地方公共団体が平成一一年法律第八七号による改正前の地方自治法二条二項及び三項並びに一四条一項によって条例を定めて管理を行う場合には、国有財産法一条にいう「特別の定」による管理に該当し、地方公共団体のみが機能管理を行うものと解される。
したがって、本件用水路については被告町のみが法律上の機能管理者として、その瑕疵についての責任を負うこととなる。
(二) 本件里道の管理主体について
(1) 前記争いのない事実等(第二、一、3(二)、(三))のとおり、本件事故現場付近の本件用水路及び本件里道は、本件工事以前から存在するものであり、いずれも被告国が所有し、本件工事により、本件用水路の東側部分が一三七番三の被告町の所有地に付け替えられたのに伴い、本件用水路の東側部分に接する一三六番二の私有地及び一三七番四、一二四番三の被告町の所有地が本件里道の一部として利用されるようになったが、本件工事は、被告町が単独で行い、被告国及び同県から助成金等の交付はされなかったものである。
(2) 加えて、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
ア 本件用水路については、本田原水利組合が毎年四月、除草、掃除を行っている。
イ 本件用水路及び本件里道の修繕、整地、除草、見回り等を被告県が行ったことはなく、その維持管理について、被告国又は同県が費用を負担したこともないし、補助金を支出したこともない。
ウ 本件事故後の平成九年五、六月ころ、本件里道上に危険告知の立て札が設置されたが、これは、町内会の構成員によって構成される佐々町栗林地区少年健全育成会が、町内会長と相談の上、設置したものであり、これにつき、被告県に相談はしていない。
エ 被告町は、本件里道に関し、機能管理についての条例を定めていない。
(3) 右(1)及び(2)によれば、被告県及び同町が本件里道の事実上の管理をしていたことを認めることはできず、本件全証拠に照らしても、これを認めるに足りる事実は認められない。
(4) したがって、このような場合には、被告国(その機関委任事務として都道府県知事(国有財産法九条、国有財産法施行令六条、建設省所管国有財産取扱規則))が所有権そのものの作用として法律上の機能管理を行うべき地位にあるというべきである。
よって、本件里道のうち本件工事以前から存在する部分については、被告国が所有権そのものの作用として法律上の機能管理を行うべき地位にあるというべきであり、被告国がその瑕疵についての責任を負うこととなると解される。
三 本件用水路及び本件里道の管理の瑕疵の有無
1 国家賠償法二条一項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである(最高裁判所昭和四二年(オ)第九二一号昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八頁、最高裁判所昭和五三年(オ)第七六号同年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁参照)。
2 <証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件用水路の北西側には、佐々小学校及びその校庭が存在し、本件用水路の南東側には、本件用水路に沿って、原告ら居宅を含め四軒の民家が存在するが、右各民家の本件用水路側にはブロック塀及びフェンスが設置されており、右ブロック塀及びフェンスの高さは、幼児がこれらを乗り越えて本件用水路へ降り出ることは、ほとんど不可能な状態である。
原告ら居宅の玄関を出た後、玄関前の道路を右に向かうと町道に出る。この町道を右に向かうと本件事故現場付近の前記橋を渡ることとなり、橋を渡り終えてすぐ右に曲がると本件里道に出て、本件事故現場に至る。
(二) 本件用水路の勾配は少なく、水の流れは遅く、本件用水路の本件事故現場付近の水流についても、本件事故直後の時点では、北東(上流)方向へゆっくりとした流れが認められた。
(三) 本件事故当時、本件事故現場付近の本件里道と本件用水路との境は、本件里道上の雑草のために、必ずしも判然とはしておらず、本件里道上の雑草が本件用水路内へはみ出すようにして生えている状態であった。
(四) 本件里道の主な利用者は、付近の田の所有者、耕作者の四人程度である。
本件用水路及び本件里道付近で遊んでいる子供については、平成一一年一一月までの時点で、原告理恵が、平成一〇年に一度隣家の子供が本件用水路をまたぐ等して遊んでいるところを目撃した。原告安彦自身、小学生のころ友人と共に一、二度、本件用水路において、魚釣りをしたことがあり、原告安彦は、平成一〇年にも一度、本件用水路に魚釣りをしに来ている親子連れを目撃した。平成九年九月ころ、小学生が数人、ボールを探すために本件里道上に出ていた。
本件里道付近の田の所有者二名、佐々町栗林地区少年健全育成会会長及び本田原水利組合会長は、本件里道付近で子供達が遊んでいるのを見たことはなく、前記田の所有者、耕作者以外の者が通行するのを見かけたことはあまりない旨述べている。
(五) 原告ら、佐々町栗林地区少年健全育成会、佐々小学校等から、被告らに対し、本件用水路又は本件里道につき、転落防止の措置をとるよう要望、陳情がされたことはない。
(六) 本件事故現場から遊具の設置されている公園、広場等までは、一・一キロメートル以上離れている。
(七) 平成一一年度学校保健統計調査報告書によれば、小学一年生の平均身長は、男子については、全国平均が一一六・六センチメートル、長崎県内の平均が一一六・〇センチメートルであり、女子については、全国平均が一一五・八センチメートル、長崎県内の平均が一一五・六センチメートルである。
3 右2及び前記争いのない事実等を前提として検討する。
本件用水路を利用する者は、主に任意団体である本田原水利組合に限られ、本件里道については、主に付近の田の所有者、耕作者数名が利用する程度であって、本件用水路又は本件里道の管理者としては、このような者に対しては、その使用に伴う転落等の危険は使用者各自が防止することをある程度期待することが許されるべきである。
また、本件里道は、右のほかに人通りはあまりなく、付近の状況からして、本件里道が学童等の遊び場等として利用されている状態にあったとは認められず、万一、本件事故現場付近の本件里道から本件用水路に転落した場合、その水深が本件堰の存在により農閑期であっても常時六〇センチメートル程度であった可能性が高いものの、前記の小学一年生の平均身長等にかんがみれば、前記の本件用水路の構造を前提としても、通常の小学生以上の児童、生徒や成人にとっては、その構造自体から、直ちに生命、身体に危険が及ぶものとはいえない。
さらに、本件用水路及び本件里道の南東側に沿って、原告ら居宅を含めた四軒の民家が存在するが、右各民家の本件用水路側にはブロック塀及びフェンスが存在するため、幼児がそれを乗り越えて本件用水路ないし本件里道に到達することは、ほぼ不可能であって、前記のとおり、本件事故の際の勇希も、本件事故現場付近の町道が通る前記橋を渡り、本件里道を通って本件事故現場付近に至り、本件用水路に誤って転落したものと推認される。そして、学齢に達しない幼児が保護者の監護なく自由に遊び、行動することのできる公園や広場等の空間が近くに存在しない場所にある本件用水路又は本件里道の管理者としては、その付近にあっては、危険の認識能力も、その回避の能力も乏しい幼児について、通常保護者の監護のもとにあると信頼するのが自然であり、保護者の監護もない状態で、二、三歳程度の幼児が幼児のみで右のような経路をたどるなどし、本件里道の本件事故現場付近に至り、本件用水路に転落するというような状況は、通常の予測の範囲にあるものとは言い難い。
右に述べた本件用水路及び本件里道の構造と用法、場所的環境及び利用状況等に加えて、その危険性の程度と具体的な措置の難易の程度や用水路管理の一般的状況、さらには、本件用水路及び本件里道については、本件事故以前に原告らを含む付近住民や本件里道を頻繁に利用していた付近の田の所有者、耕作者ら、付近の学校関係者等から危険の指摘や安全設備の要求はなかったこと等の事情を併せ考えると、本件里道の管理者である被告国や、本件用水路の管理者である被告町が、本件用水路に二、三歳程度の幼児が保護者の監護を離れて近づき転落するという本件事故のような不慮の事故を予見してその回避のために蓋や柵の設置等何らかの措置を講ずるべき義務を負担していたものとは解し難い。
以上のとおりであるから、本件事故現場に原告らが主張するような幼児の転落を防止する設備をあらかじめ設けていなかったことをもって、本件用水路又は本件里道が通常備えるべき安全性を欠き、被告国又は同町の管理に瑕疵があったと解することはできない。
四 結論
よって、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩木宰 坂本三郎 秋本昌彦)
付近断面略図<省略>
(別紙2)<省略>